ウエルカム赤ちゃん キムタクより格好いい男 白洲次郎

ジーンズとレンジローバーの似合う男 白洲次郎 しらす・じろう

新潟県と福島県との県境にある奥只見ダムにいってきました。

映画 ホワイトアウトのロケ地としても、有名ですが、

ダムにつながる長いトンネルの中、この道を白洲次郎氏が何回往復したであろうか

と、考えておりました。

奥只見ダムのプロジェクトには、この方の大きなご尽力がありました。

10年以上前のことですが、なぜか、お能にはまりました。

お能の本をさがしていると、巡り会ったのが、お能の見方という、白州正子さんの本でした。

そのころ、雑誌でミッソーニのニットを着こなした正子さんのお姿に

こんな風に、年を重ねていきたいと 願いました。

それから、正子さんのかかれた本を何冊か読みました。

そこに現れたのが夫・次郎氏

ともかく 格好いいのなんの、明治生まれながら、英国に留学、

185センチ 容姿端麗、文武両道

吉田茂氏の懐刀として、戦後活躍

占領下、ただ一人の従順ならざる日本人と、いわれた人です。

その白いTシャツとジーンズ姿は、もう、格好いいの一言です。

お二人がお暮らしになった、東京・町田市の武相荘・ぶあいそうにも、

足を運びました。

こんなすてきな方を、なぜマスコミはとりあげないのだろうと、長年不思議でした

この本を、書店で見つけたときはとても、うれしかったです

白洲次郎  占領を背負った男    北康利

映像化されるなら、木村拓哉氏以外、白州氏を演じられる人はいないのではないでしょうか?

北氏の本は、白洲次郎の一生を丹念に調べられた内容です。

しいていえば、表紙をあの、Tシャツとジーンズ姿の次郎氏にしてほしかったなぁ

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ウエルカム赤ちゃん 沖縄の島守

04年、3月、初めて沖縄を訪れました。

帰りの飛行機で、読もうと、売店で購入した本

沖縄の歴史と旅 陳舜臣 ちん・しゅんしん 著  PHPエル新書

最後の章で、釘付けになってしまいました。

 沖縄戦で忘れられない人がいる。

 忘れてはいけない人かもしれない。

 私は神戸で生まれ、神戸で育った。

その人もやはり神戸で生まれ、旧制神戸二中を出ている。

私は戦後の神戸の街で、その人を知っているという多くの人に出会った。

忘れてはいないのは私だけでなかった。

そして、その人の母校、今の県立兵庫高校では、いまも毎年の学年末、全校の前で一年間でもっとも目覚ましい活躍をした生徒を、このOBの名で表彰している。

それだけではない。

那覇市の奥武山( おうのやま)球場で毎年行われてきた高校野球新人戦の優勝校には、

その人の名を刻んだ優勝カップが手渡されている。

 その人の名は島田叡(あきら)(1901 ~1945)という。

 島田叡さんは忘れ難い人である。

その生き方に頭が下がるのだ。P209より引用

 

この一節が忘れられずに、島田叡さんについて、調べました。

そして、この一冊にめぐり合いました

沖縄の島守  内務官僚かくたたかえり

 田村洋三著 中央公論新社

帯タイトル

沖縄戦後、58年目にして発掘された新事実

戦火の中で煌めいた高貴な精神 

島田叡。沖縄県知事。米軍沖縄攻撃二ヶ月前に赴任

荒井退蔵。沖縄警察部長。島田とともに二○万県民の命を救う

一九四五年夏、魔文仁の丘で消息を絶つ

私はこの方のことはそれまで知りませんでした。ただ、沖縄戦の直前に人事でいろいろと

あり、沖縄に残った人、本土に帰った人との葛藤があったことは知っていましたが、、、

島田氏と荒井氏の行動には、なみだがとまりませんでした。

島田氏は、知事要請にあたり、奥様にご相談もせずに、ご自分ですぐに決められたこと

戦後、ご遺族がご苦労されたこと

田村氏の取材にあたり、奥様がお断りになられたとのこと

奥様は、おつらかったとおもいます。

1945年6月26日より、お二人の公式の消息が不明となります。

映像化されると、いいのですが、、、、、

20年後の、海東健くん主演でどうでしょうか?

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